2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【米国】シリコンバレーを築いた“8人の裏切り者”−FINANCIAL TIMES [11/22]

1 : ◆Robo.gBH9M @ロボ-7c7cφ ★:2007/11/22(木) 10:51:39 ID:???
フェアチャイルド伝説 シリコンバレーを築いた男たちが語る
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20071119/141028/
2007年11月22日 木曜日 FINANCIAL TIMES

グーグルのセルゲイ・ブリン氏とラリー・ペイジ氏、ヤフーのジェリー・ヤン氏とデビッド・ファイロ氏、
あるいはアップルのスティーブ・ジョブズ氏とスティーブ・ウォズニアック氏がシリコンバレーに
起業家精神を刻むよりずっと前に、“8人の裏切り者”がいた。ハイテク産業の源流となり、
シリコンバレーの名を生んだ会社の創業者だ。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20071119/141028/ph1.jpg
「8人の裏切り者」と呼ばれたフェアチャイルド・セミコンダクターの創業者(写真は1960年当時) 
(写真:Wayne Miller/Magnum Photos)

50年前の10月、ジュリアス・ブランク、ビクター・グリニッジ、ジーン・ハーニ、ユージン・クライナー、
ジェイ・ラスト、ロバート・ノイス、ゴードン・ムーア、シェルドン・ロバーツの8人がフェアチャイルド・
セミコンダクターを設立した。半導体製造プロセスを完成させ、ICを発明した会社だ。

彼らを裏切り者と呼んだのは、トランジスタの共同発明者のウィリアム・ショックレー氏。今や好感を
持って語られるこの呼び名は、彼らがショックレー・セミコンダクターから集団離脱した時につけられた
ものだ。

■創業者らが振り返る50年
こうした離反行為はフェアチャイルドから「フェアチルドレン」が次々と生まれ、シリコンバレーでは
当たり前になった。フェアチルドレンは合計65社あり、最も有名なのがノイス氏とムーア氏が1968年に
創業したインテルだ。

今年10月、マウンテンビューのコンピューター歴史博物館で一種の同窓会が開かれた。
フェアチャイルド創業者及びフェアチルドレンの同窓生がシリコンバレーの中心地に再び集い、
50年前のイノベーションや彼らの発明が世界に与えた影響について話し合った。存命4人のうち
ロバーツ氏は欠席したが、ブランク氏とラスト氏、ムーア氏が出席。これに同社の資金集めに
協力したアーサー・ロック氏が加わった。

「当時ベンチャーキャピタル(VC)は存在しなかった。ボストンのロック氏から支援はあったが、
西海岸ではほぼ皆無だった」と元フェアチャイルド社員のデビッド・ロウズ氏は言う。

8人のリーダーだったクライナー氏はロック氏やバド・コイル氏など東海岸の銀行家に資金援助を
求めた。15年後に彼はクライナー・パーキンスを設立し、アマゾンやグーグル、
サン・マイクロシステムズを育て上げ、シリコンバレーの成功の土台を作ることになる。

だが、フェアチャイルドが最初に集めたのはわずか10ドルだった。創業者8人と銀行家2人が
サンフランシスコのホテルの朝食会で1ドルずつ出し合い、札に署名して、契約の象徴として
持つことにしたものだ。

ロック氏が30社以上に投資を持ちかけ、やっと行き当たったのが航空カメラメーカー、
フェアチャイルド・カメラ・アンド・インスツルメントだ。同社所有者で発明家のシャーマン・
フェアチャイルド氏は140万ドルの融資に合意。引き換えに新会社を300万ドルで買収する権利を
得て、間もなく権利行使した。

>>2に続く

2 : ◆Robo.gBH9M @ロボ-7c7cφ ★:2007/11/22(木) 10:52:03 ID:???
>>1の続き

クライナー氏がパロアルトのビルを見つけてきて、フェアチャイルド・セミコンダクターが
設立された。「人生で最も面白かった年だ。57年10月に我々は空っぽのビルに入り、
翌年夏には業界を出し抜く製品を開発したのだから」とラスト氏。それは平面(プレーナー型)
チップで、同社のチップ上に意図せずできたシリコン酸化膜を活用するもの。ハーニ氏が
この膜が絶縁体として働き、ショートを防げることを発見した。平面チップは大量生産を
可能にし、基板素材としてシリコンがゲルマニウムに取って代わることになった。

作業台からチップの組み立て方まですべてがゼロから発明された。チップ組み立て室の
室長だったボブ・スカーコ氏は、「雇った人の大半はサンタクララバレーの缶詰工場から
移ってきた半導体未経験者だった。当時はシリコンバレーと呼ばれていなかった」と語る。

「自分たちで拡散チューブを巻き、結晶を引き揚げた。日々イノベーションが生まれ、
ワクワクする毎日だった」。8人の裏切り者が最初に雇った社員マレー・シーゲル氏は
こう振り返る。

プレーナー技術は同社にICという次なる大きな発明をもたらした。ノイス氏は、シリコン
単結晶の上にトランジスタだけでなくコンデンサー(蓄電器)やレジスター(抵抗器)、
つまり回路全体をエッチングできることを発見した。テキサス・インスツルメンツのジャック・
キルビー氏も同じ発見をしたが、フェアチャイルドの方が有効活用した。

シーゲル氏は、「ICの構想を思いついたのは会議中で、その後すごい勢いで話が進み、
文字通りアイデアに次ぐアイデアが出た」と言う。「当時を振り返ると、『一体全体なぜ
フェアチャイルドは様々な半導体製造技術すべてを推進しなかったのか。なぜそれぞれの
事業を立ち上げなかったのか』と思う。けれど我々にはそれが理解できなかった。半導体
一筋だったからだ」。

今はアプライド・マテリアルズなどの半導体装置メーカーや半導体メーカーがあるが、
当時フェアチャイルドはすべてを独力で模索しなければならなかった。退社して新会社を
作る好機だと考える社員がいるのも当然だった。

■脈々と続くシリコンバレー魂
「我々は優れたアイデアを多く持っていたが、製品を自分たちで作るよりも誰か別の人に
それを伝える方を選んだ。そのため、次第にシリコンバレーに企業が集まり始め、その地の
成熟に貢献した」とシーゲル氏は語る。

10年足らずで同社は従業員数1万1000人にまで成長し、親会社フェアチャイルド・カメラの
利益のほぼすべてを稼ぎ出した。おかげで親会社はウォール街で一番の優良株となる。

「フェアチャイルド・カメラは半導体事業を1950〜60年代に所有していたのに、東海岸の
保守的な経営陣は必要な資金を投入せず、社員をつなぎ留める奨励策を取らなかった」と
ロウズ氏。

フェアチャイルド氏は子会社の利益を儲からない事業への多角化で無駄にした。だいぶ遅れて
社員にストックオプションが付与されたが、親会社の株価が高すぎて価値はなかった。
シーゲル氏曰く、「会社を辞めて新興企業に入り、50セントでも70セントでもストックオプションを
得る方がましだった」。

フェアチャイルドの逸材が選んだのはその道で、彼らはシリコンバレーを目指して二度と
振り返らなかった。

「浮き沈みはあったが、強烈な仲間意識が存在した。皆フェアチャイルドで偉業を成し
遂げようとしていた」。ロウズ氏は当時の日々をこう語った。

Chris Nuttall
(FINANCIAL TIMES,(C) 2007 Oct.31,The Financial Times Limited)

3 :七つの海の名無しさん:2007/11/22(木) 11:01:47 ID:nO5rEVh1
ふーん。

4 :七つの海の名無しさん:2007/11/22(木) 11:06:46 ID:RYnoiha2
だいたい、企業につくそうなんて考える日本人が異常。

5 :七つの海の名無しさん:2007/11/22(木) 11:26:59 ID:SnTiHa0k
だいぶ前にNHKでやってたな。
電子立国日本の自叙伝。
あの番組のすぐ後に日本の半導体産業は壊滅したがな。

6 :七つの海の名無しさん:2007/11/22(木) 12:27:21 ID:wPCwoqWg
写真がなんかカッコいい

7 :七つの海の名無しさん:2007/11/22(木) 12:44:59 ID:ZANWdD0H
>>4
目指せホリえもんってか?

8 :七つの海の名無しさん:2007/11/22(木) 12:59:02 ID:Bi9Fhz+Z
>>4
退職した人たちが韓国、中国に引き抜かれて……なあ……。

9 :七つの海の名無しさん:2007/11/22(木) 14:21:23 ID:Yi1Hm0B0
>>6
みんな博士号を持った優秀な人たちだからな。


10 :七つの海の名無しさん:2007/11/22(木) 14:54:07 ID:xQ+2HFKR
電子立国・日本の自叙伝のIntel誕生の回を見ると、
末期のフェアチャイルドの様子と、
初期フェアチャイルドの雰囲気を持った初期インテルの様子がうまく取材されてる

8 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)